エゴイスト 〜不二side〜 「不二、お前は俺が試したと言ったな?なら、もう一度試させてくれないか?」 ストローク練習を終えた僕に、手塚は近づいて来て言った。 …もう一度試す?手塚、言うようになったね。 もう心の傷は癒えたって事なのかな?僕の苦労も知らないで…。 「お前は越前が好きなのだろう?なら、早くアイツを見つけて来い」 「…なにそれ?僕は越前が好きだなんて、一言も言ってないけど?」 「興味を持っているなら同じ事だ。…放って置くと、何をするか判らないぞ?」 意地の悪い笑みを浮かべた手塚の表情が、鮮明に映った。 何…?越前が、何だって言うのさ…? 「さっきの会話を聞かれていた。俺がアイツを利用した事も、知ってしまった」 「…!?」 「一人で居ると、何をするか判らんぞ?」 「…手塚、それは警告のつもりかい?」 「試すと言ってるんだ。お前が無事、『興味のある人物』を見つけられるかどうかをな」 「…………」 僕は不意に、辺りを見渡した。 …当然だけど、英二は居ない。けれど僕には、彼も何か関係しているように思えてならなかった。 「…判った。行って来るよ」 「ちゃんと欠席扱いにしておいてやるから、ゆっくり探して来い」 「…ケチ」 手塚の性格なんて、判ってたけど…ちょっとムカツクね。 まぁ…そんな事で言い争っている場合でもないから、急ぐけど。 「じゃ、手塚。ご忠告有難う」 「………」 僕が本当に探しに行く事に、悔しそうな顔をしている手塚を背に、走り出した。 何処へ行ってしまったのだろうか、越前は…。 恐らく、帰宅の途中ぐらいだろう。先程の手塚との会話の時間を計算すると。 …でも…僕が行ってどうなると言うのだろうか? 彼は僕を避けているというのに。 「…はぁ…はぁ…越前君…!」 学校から走りっぱなしで、そろそろ息が上がってきた。 でも足を止める訳にはいかない……。 越前を、見つけるまでは…。 「…不二、先輩…?」 「?!!」 下の方から、声が聞こえた。 その方向を辿るように河川敷へ降りると、越前がこちらを見上げながら座っていた。 …とても、悲しそうな表情。 そうだよね、好きな相手に…嫌われていたのだから。 「…良かった、見つけたッ…」 越前の方へ、倒れ込むように…その身体を抱きしめた。 彼は抵抗する事なく、ただ戸惑ったように僕の背に腕を回した。 「…何で、俺を探してたんすか?」 「理由なんて…聞かないで。ただ探さなきゃって思っただけ…」 「それって…」 「うん?」 「…いえ、何でもないっす…」 越前は、僕から顔を背けた。 その頬が赤いのは、決して夕焼けの所為だけではなさそうだ。 「君が…死ななくて良かった…」 ギュッと、抱きしめる力を強めた。 その身体があまりに細くて、少し驚かされた。 「勝手に…殺さないでほしいッス…」 「でも、一人で居たら…何するつもりだった?」 「…………」 否定しようとしない越前。 良かった…本当に。間に合わなかったら、一生後悔するところだった。 「ねぇ、聞いてくれる…?」 「………」 越前の無言を、肯定と受け取り…僕はそのまま言葉を繋いだ。 「走ってる間、ずっと君の事を考えてたんだ…」 「そしたらね…自分で思ってた以上に、君の事を気にしている僕がいる事に気付いたんだ」 「…僕はね、〔興味対象〕以上に…君の事を心配してたんだよ…」 こんな都合が良い事を言って、許されるか判らないけれど。 思ったままの感情を、君に伝えたい。 今まで〔自分の気持ち〕を押し殺してきた僕だからこそ…それを伝えたい。 「…俺、部長に憎まれてるって解った時、悲しかった」 越前は、ポツリと話し始めた。 それは消え入るような声で…、僕の心を締め付けるものだった。 「でも…それよりも、不二先輩の事が気になったんだ…。俺と部長、どっちが好きなのかな…って」 「…確かめる勇気なんてなかったし、俺は不二先輩に苦手意識あったから…それに少し恐かったし…」 「俺…今は誰よりも、不二先輩が気になるよ。もっと…知りたいんだ…」 正直、驚いた。 僕から逃げると言い、〔Game〕にのった彼が…まさかこんな科白を言ってくれるなんて。 自然と、顔が綻んでしまう自分が居て…こんなに素直に喜べる自分が居る事に、嬉しくなった。 「僕も…越前君の事がもっと知りたい」 「…でも、部長は?英二先輩は?」 「そっか…英二の事も、知ってるんだね」 英二には、申し訳ないことをした。 手塚との関係が拗れた時、一番側に居てくれたのに…ついに愛する事は出来なかった。 僕は…友人としての彼を、求めていたのかもしれない。 「…少し、休もうよ。誰の事も考えないで、一緒に居よう…?」 「先輩が…それでいいなら…」 そっと身を預けてくる越前を…心から愛しく思った。 これが〔愛〕なのかはよく判断出来ない。 だが…今お互いに必要としているのだ。あまり感情は関係ないのかもしれない…。 「越前君…おいで」 彼の手を引いて、立ち上がらせた。 一緒に…僕の家に帰る為に。 「…もう、どうでもいいや…」 僕の隣を歩きながら、越前がポツリと言った。 …僕も、同じ気持ちかもしれない。 感情がごちゃごちゃしていて、行動が追いつかない。 それに疲れた僕らは、戦線離脱とばかりに…互いに身を寄せ合ったのだ。 それがどんな結果に繋がろうと、今は……… 握り合った手の温もりを感じて、一緒に傷を癒せればと… 僕は切に願った。 |